自分と心を科学する@こころ科学

内観、自己分析、セルフワーク、スピリチュアル

理想はなりたいもの、夢はやりたいこと

 

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鏡の法則】理想を追い求める執着心

 

 

 

振り返れば、私がなりたかった憧れの存在、理想像がたくさんあった。

 

絵がうまい子がみんなに囲まれているのを見れば、私も人気者になりたいと思った。

 

勉強ができて運動もできる優等生がアイドルのような扱いを受けていれば、私もそうなりたいと思った。

 

 

あれも理想。あれも憧れ。

あの人も、この人も、私がなりたい理想像だった。

私が欲しいものをもっていた。だから嫉妬した。

私もほしかったから。私もなりたかったから。

 

手に入れようとした。

どんな手段を使ってでも絶対に叶えてやると思った。

だけど、努力しようと、足掻こうと、どれだけヘトヘトになろうと、「なりたい」の夢は一度として叶わなった。

 

「好きだからやる」「やりたいからやる」と続けてきたことはいまでも続いていた。

飽き性だ、なにを言っても無駄だと周囲に言われた私が、それでも絵を描き、文章を書き続けているのは、単純に好きだからだ。楽しいからだ。

 

「やりたい」だからやる。理由はそれだけだった。

 

それでも、心の底では「なりたい」理想を追い求めるあきらめがついていなくて、理想と夢の違いもわからなくて、ずっと形骸化した理想が残っていたんだ。

 

金持ちになることを夢見ている人も、金持ちになった自分という理想を追い求めているんだ。

「そうなったらいいな」「いつかなれたいいな」、理想の条件を達成した自分ばかりを見て、いまの自分を無視して、視界に入らないふりをしている。

 

だれかがお金持ちになる理想を叶えてくれるような気がして、お金で成功した人のブログやセミナーに頼って、自己啓発本や理想の自分に近づくことばかり試したがり、いまの自分を見ようともしない。

 

いまの自分を無視しているのに、いまの自分をお金持ちにさせようとする。

それってまるで、子供の意思を無視して習い事をさせて、無理矢理にでも有名人にさせようとするやり方みたい。

 

美人やイケメンと結婚したがる人もまた、なにかの穴埋めで欲しがっているんだ。

美人を恋人に欲しがっていた、「富士通勤め」を強調したがっていた男がいた。

 

その男はたしかに顔の造形が整った女性と付き合った。 

だけどそれって、女性がまるで所有物みたいだと思った。

 

男は自分の外見にコンプレックスがある様子だった。

だから美人を手にれることで自分がイケメンにでもなった気になった気がしていたのかもしれない。

人を、心のない宝石か装飾品のように見立てて、欠けたままの自信を虚飾していたんだ。

 

なにかを欲しがる、執着する人は、自信や不満の穴埋めや、自分のほしかったものを他人で補いたいだけで、他人自体はどうでもいいんだ。

自分が欲しかったものを擬似的にでも手に入れられたらそれでいいんだ。

 

私はたとえ人気者になれなくても、自分が描きたいから、絵を描くのが楽しかったから、好きだから、描き続けていた。

 

キャラクターデザイナーになりたいとか、ゲーム会社で働く自分になりたいとか、そういうのは私に合わなかったので、なれなかったけれど、それで絵を描くことをやめることはしなかった。

 

絵の道に挫折して、絵を描いたって仕方がないあきらめようと思い込もうとして、それでもやめられなかった。絵を描くのが好きだから。

 

好きをやめる理由がなかった。

 

けれど、いつしか理想を追い求めるようになっていった。

「こうなろう」「こうでなければ」の執着は強くなっていった。

うまくなりたい、欲望を満たしたいが優先になっていった。

 

楽しいから遠ざかって、うまくなりたいから練習しなければならない、お金が欲しいから技術を磨いて就職しなければならないなどと思うようになっていた。

 

次第に等身大のいまの自分を見失った。

「いま、ここ」にどのような自分が立っているのか、自覚できなくなっていた。

 

そんな状態で自己啓発だのマインドフルネスだのスピリチュアルだのと手をこまねいても、焼け石に水だ。

 

等身大のあるがままの自分を認められていないのに、理想で塗り固めた自分を夢見ても実現する道理はない。

 

理想のほうに意識を向けても、いまの自分は等身大のあるがままの自分なんだ。

どれだけみじめったらしくても、どれだけ恥をかいてこようとも、消したい過去がいくつもあったって、それが「いまの」自分なんだ。

 

 

何が悪いってんだ、「いまの」自分で!

 

 

 

 

『何者にもならなくていい』

私はそう教えてもらった。

 

夢と理想の違いは、「やりたいこと」か「なりたいこと」か。

 

作家になりたい、書ける私になりたい、成功者になりたい、お金持ちになりたい、人気者になりたい、有名ブロガーになりたい、注目される自分になりたい、アイドルになりたい、○○ができる自分になりたい、○○になりたい。

 

これはぜんぶ理想だ。

独りよがりの願望だ。

これは夢じゃない。理想だ。

自分さえよければいいという理想だ。

 

なにかになろうとするのは夢じゃなくて理想なんだ。

なにものにもなれないし、自分以外のものにはなれない。

なのに、なれるような錯覚を覚えてしまったんだ。

 

そうして、理想と食い違うものを否定したり、非難したり、無理強いしてでも変えようとしてする。ジャッジメントをする。理想ばかり追い求める暇人である。

 

夢は、なにものかになることは含まない。

あるがまま自分のままで、やりたいをやる。

思い描く夢を実現すること。

ただそのためにひたすらやること。

 

なにかになろうとするためにするんじゃなくて、やりたいからやるうちにそうなっているのが夢。

 

なりたいから、やる。それは理想。

やりたいから、やる。それが夢。