自分と心を科学する@こころ科学

内観、自己分析、セルフワーク、スピリチュアル

願望ではなく理想ではなく事実を認める勇気

 

一人暮らし。ふとそんなワードが浮かんだ。

何歳からかも忘れたけれど、自活したい、独立したいとずっと願っていた。

 

家族と喧嘩すれば出て行けと言われていたときがあって、売り言葉に買い言葉、自分がいますぐ家を出ていけなくて情けない!という気持ちもあり、「出て行けるなら出ていってるよ!」とよく反論していた。

 

祖母は祖父にさんざん「ここは俺の家だ!文句があるなら出ていけ!」と怒鳴られては、行くあてもお金もなくて、文句を言われながら暮らし、十数年前に祖父が亡くなってから、自分の家だと主張するようになっていた。

 

むかつくからじじいそっくりだな!!と言い返したこともあったと思う。

この家はじじいの本家からもらったもので、もともとあんたのものじゃないだろ!というようなことも何度となく言った気がする。

最近は祖母も言わないので私も言わなくなった。

ただ、家はいずれ壊すとは言っていた。

 

祖父母の家には、地方から叔母一家が帰省したり、私の母親や異父弟が家に来たり、祖父母の長男一家が来たり、祖母の来客があったりと、プライベート空間に他人がずかずか入ってくるのがまあ好きじゃなかった。

 

今でこそマシになったが、それでも祖母のオープンさに辟易してイライラが爆発したことは何十回にわたる。

そのたびに「ここは自分の家だ」と言われ、叔母一家が帰省することも、私の母親と男とその息子が一ヶ月タダで寝泊まりすることも反対せず、私の家を出たい気持ちはピークに達していた。

 

それくらい自活、独立、一人暮らしというものに強く憧れていた。

祖母に言われずとも、独立したくてたまらないのは自分だと思っていた。

祖母がそう言うってことは、そこに私の執着心があるのだろうと察した。

 

一人暮らしへの憧れというより、地方に住みたい、あちこちに移り住んでみたいという憧れがあったことがわかった。

都心に近いところに一人暮らしをしたいわけじゃなかった。

そこそこ利便性のいい、私を誰も知らない地方の街に住みたいと思っていた。

あちこちに転々として、身軽に住む場所を変えることにも憧れていた。

 

いま住んでいる家が嫌いというわけじゃないし、不便なところはあるけれど、出ていきたいわけじゃなかった。

ただ新しい環境で、新しい刺激を受けながら、新しいものに出会い、もっときれいな家に住みたかったのだ。掃除がしやすい家に!

 

が、ここまで書き出して、これはぜんぶ願望だと気付いた。

願望、理想、憧れ。それを描くのはいいが、まずは事実を認めるところから始めてこそ、そこに描く夢が現実味を帯びるというものだ。

土台が虫食いだらけでは、どれだけ立派な家の設計図があっても家は建たない。

 

そこで、事実を書き出してみた。

  • 現状、一人暮らしをする費用がない
  • 仕事をしていないので稼ぐあてもない
  • 外仕事ができない
  • いずれ無一文で家を出ていかなければならない可能性がある
  • 姪には一人暮らしをする費用があるが現在の私にはない
  • 姪は賃貸物件を借りる費用があるが現在の私にはない

 

 

姪には競争心を抱いていた。

学校は問題なく通えていたし、両親もそろった家庭だった。

なにも問題なく育ち、外でアルバイトをばりばりとこなし、好きなことをして、恋人ができて、結婚を視野に入れながら、賃貸物件を借りて恋人と同棲して、外で仕事をしている。

 

私には一人暮らしの費用を用意するだけことをしていない。

仕事をしていないから費用の工面ができないので、現状では一人暮らしは無理。それが事実だ。

どれだけ姪をライバル視して追いつこう、追い越そうにも、今の私は追いつけない。

親代わりの祖母に食べさせてもらい、生活させてもらっているのがいまの私だ。

「いつか、いつか」は願望で、いつか独立をと思っても、「今はできない」のが私にとっての事実だ。

 

出て行けと言われたんだから格好つけて出て行きたかった。

姪にも負けたくなかった。平々凡々と学校も通えて仕事もしている姪には。

 

「三十代にもなって情けない自分。

無職で実家暮らしなんて面子が悪い。

世間体が・・・」とか思っていた。

実家ぐらしなんてダサいと思っていた。

祖母の知り合いに四十代になって投機をやってお金もあるのに出ていかず、恋人女性とも結婚しない男性に、会ったこともないが「だらしない」と嫌悪感さえ覚えていた。

「いい大人が家を出ないで親に食べさせてもらうなんて恥ずかしいと思わないの!?」と自分の現状の事実が認められずにいたから、その男性に自分の現状と重ねて否定していたのだろう。

 

だからこんな気持ちもでてきた。

  • お金があったら今ごろ一人暮らししていた
  • あいつら(異父弟や姪や甥、外で働く人)は外で働けるんだから独立自活できて当然でしょ!
  • 私だってふつうの体質だったら外でバリバリ働いて、いまごろあいつらよりリッチな生活を実現させていたはずなのに

 

 

 

理想と現実のギャップ。

 

 

 

 

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鏡の法則「理想と現実のギャップ」

 

 

三者(他人)にバカにされていると感じるのなら、自分が理想の自分ばかりを夢見て、現在の自分を否定してバカにしているからだ。

 

姪に私が理想としていたライフスタイルを重ねて、自分が理想に追いつけないギャップに苦しんでいた。

 

三者(他人)という、理想の自分の条件をクリアしている・理想のほしいものを持っている鏡像に、「早く理想を叶えたらどうなの?」と追い立てられている気分だった。

 

反対に、否定したい第三者は、私の現状を示していた。

それが知り合いの知り合いの四十代の男性だった。

現状を否定していたので、現状を表す第三者には否定的な感情を抱いていたのだ。

 

三者は自分の理想や願望が反映されるものと、自分の現状や事実が反映されるものと二種類あるらしい。

否定するものと嫉妬するもの。

拒絶しているものと憧れているもの。

自己評価の低い自分と現在の自分という思い込み。

なんにせよ、現状を認められていないからギャップの板挟みに苦しむ。

それが煩悩と執着になる。

 

姪は私のほしかった人生を手に入れてたとても身近な見本だったのだ。

学校にふつうに通って、アルバイトをして、好きなことをして、恋人と付き合って同棲して、バリバリと外で働いて。

やがて結婚して、ふつうに家庭をもって、ふつうに子供を授かるのかもしれないし、それは私にはわからないが。

 

姪は、私の憧れていたライフスタイル(リア充ライフ)を送っていたのだ。

子供の頃に憧れていた、きっとこうするんだろうな、こうなるんだ、こうしよう!必ず実現するぞ!と願っていた理想だったのだ。

 

外で働けることは憧れだったし、理想だった。

独立して一人暮らしすることも。

二十代で結婚して子供を授かることも。

私のなりたかった私の理想が姪という鏡像から浮かび上がった。

 

自分の憧れていた、しかし思い描いたようにはいかず、挑戦しても叶えられなった理想の人生生活が、すごく身近にあった。

身近だったからこそ、追いついてやるとライバル心を燃やし、密かに競争し、追いついてやる、追いついて勝って追い越してやるんだと、必死になっていたんだと気付いた。

姪が私の理想としていた生活をしていたなんて悔しすぎて悔しすぎて、なかなか認められずにいたんだと、やっとわかってうれしくなった。

 

そうか、私は外仕事をしたかったし、外でキャリアを積みたかったし、格好良く働く仕事ができる女性になってみたかった、その憧れが強かったし、そうなるもんだと決めつけて理想ばかり見るようになっていたのだと。

 

二十代になったら結婚もして、こんなふうになっているのかな?なんて理想も描いていた。

少女漫画を読みすぎた?それともサスペンスドラマや小説の影響か?

 

「きっと私も大人になったらこういうふうになっているんだろうな」と思い描いたバリキャリな人生は、私には合わないし、やってみてダメだった事実を知った。

どこか踏ん切りがつかず、というか、自分がそれを自覚していなかったから、理想で事実を見る目を覆って、現実逃避して、認められずにいたんだ。

もしかしたら叶うかもと、いつかいつかばかりを夢見ていたんだ。

 

でも、現状の自分を知ったらすっきりした。おかしくなっちゃった。

いろいろ執着がぱかーんと外れて、思い込みや自分の気持ちを知って楽になったし、現実の等身大の自分のこともわかった。諦めがついた?というかやっと自分に戻ってこられた、みたいな。

 

姪に対抗心を抱いていた原因がわかったのが大きいか?

顕在意識ではとっくにあきらめていたはずなんだけれど、あと一歩、心の深いところで事実を認めるところでつまずいていて、自覚がなかったんだな、と。

 

外で働けるってことはふつうじゃないんだよね。

できない人にはできないし、向いていない人にはからっきしなんだ。

でも、外で働けなくても中ではバリバリ働けるから。

 

外で働くことが得意な人には苦手なことを、私はやすやすとやってのけることができる。それが私の強みだ。

在宅ワークが慣れていない人は生活音で集中が切れる人もいるらしいけれど、私からすれば生活音なんて毎日の日常だから気にならないし、それで集中力が切れることもない。

在宅でどうやって自分のペースで動くか、働くかも熟知している。

 

強みはそれぞれ。それが個性。それを活かす。

短所を直そうとしない!短所があるから反対は長所になっているんだから。

できないこと、苦手なことを悪いことだとか、直すべきだとするのは執着。

 

できないことはできない!でもできない分野の反対はできる!それが強み!

自分でできることは自分でやる。できないことはできる人に担当してもらう。

それぞれの得意分野で活動するってことはそういうことなんじゃないかな。