自分と心を科学する@こころ科学

内観、自己分析、セルフワーク、スピリチュアル

二十八年数ヶ月ぶりの殺意の打ち止め

家族への復讐のために作られた家族の因果を紐解く

この記事を二日くらいかけて書いていた。

書き終えた今日、久しぶりに小夜を見た。

 

「もうすぐ」終わる。もうすぐ小夜の成仏が達成される。

(という意味だったのか?)

私のこの世でやるべきことはやった。

これからは自由だ。

やりたいように生きていく時間がはじまるんだ。

 

私は家族から「おかしな子」扱いを受けている。現在進行系だ。

私は「おかしい」らしい。家族からすれば。

いや、たぶん大多数の人からすれば。

 

べつにいいのだ。おかしいと思われるのは。

変わった人だと思われるのは慣れている。

 

理解ができないからすべてをダメだとするジャッジメンターは、自分の価値観を基準に正しいかどうかを選別しないと気が済まないのを知っている。

 

怖いのである。理解できないことが。

自分の理解ができないことはこの世に存在してはいけないというように、正義感ならぬ暴力と差別を振りかざすのである。

 

でも、家族からお金の脅迫を受けるたびに、嫌気が差していた。

今日も祖母から「独立する気がないし」

「この家は自分が死んだら壊すつもりだから一人暮らしできるくらいになって」

国民健康保険料や携帯電話のお金が払えない、一人暮らしできないと思えば外で働く気になるかと思って」

「自分がおかしい子だって少しは自覚しているの?」などと言われた。

 

夕飯時と、就寝時。

国保も農協にかけている三〇〇円くらいの保険も携帯電話もすべて止めてくれと言った。

携帯電話は便利だけれど今は必需品ではない。

国保も経済力がついたらもう一度申し込めばいい。

農協の保険料だっていまの私では払えない。

独立したら申込みをし直せばいい。

 

家族に「お金を払ってやっている」と遠回しにでもお金で脅迫されるのが嫌になっていた。

独立だとか一人暮らしだとか、お金がなければできない。

いつもいつも祖母はそう言って、遠回しに外で働くように言う。

 

私が何度、外で働くのは無理だと言っているのに、何度もやってみてダメだったから言っているのに、おかしな子からまともな子にしようと支配コントロールしようとしてくる。

祖母がどういうつもりで言うかは関係ないのだ。

私には私の人生をコントロールしようとしていると感じるのだ。

 

国保も生命保険も掛けていないときに病気になったら病院で治療できないだけだ。

祖母はすぐ「お金はどうするの?」と言うが、払えるものをもっていないのだから仕方あるまい。

 

お金がなくて病気になったらなったらでそれが寿命だったんだ。

怖くはない。死んだらどうなるかくらいわかっている。

そうやっていちいち病気になったらどうするの?と脅されるのも嫌なのだ。

 

国保も生命保険も携帯料金もすべて停止して、携帯電話の名義だって祖母に変更すれば、”おかしな子”に払うお金はなくなっていいじゃないか。

 

衣食住は、申し訳ないけれど、独立するまでお世話になるしかないが、祖母の「おかしな子」からまともな子になってほしいというコントロールから脱することができる、自由になれると感じた。

 

人の心はお金では動かない。最近、そう思うようになった。

でも、私の心の奥底では、まだ、お金で自分の心を動かそうとしていたのかもしれない。

 

感受性が過敏でどうしても外で働くのが厳しいと言えば、精神障害者扱いをして、おかしな私が世間的に恥ずかしいとかみっともないとかふつうじゃないとか、自分が若ければ外で働いたという執着心から私を外仕事に出そうとする祖母。

 

私に働かせてたくさんのお金を払わせたい母。

祖母にお金を払わせていることを脅迫材料に、私にさんざん働け働け、働かないなら食うなと脅してきた女。

新築の家を建てられたのは私のおかげなのに、新築の家の冷蔵庫に私が食べてはいけないものを一覧表にして書いて張り出した。

母親の再婚相手が、なんで自分の子供ではない私の生活費を払わなければいけないんだとでも言い出したのだろう。

母親も男も、銭ゲバだったから。

 

叔母も、帰省して1ヶ月間滞在し、エアコンも水道もガスもがんがんに使い、祖母が買ってきた食材を使って、子供が食べ残せば捨てる。

買えるときにはエアコン代も水道代もガス代も払わない。いつもなら1~2万、いっても3万なのに、叔母一家が帰省すると5万円近く使用していた。

それなのに一銭も払わないで、私に外で働けと言う。何様だと思った。

おまえらが帰省するために私がトイレや風呂や玄関や各部屋のカーテンを掃除しているわけじゃない。何様だ。

 

叔父は叔父嫁の奴隷みたいなもの。

叔父がエアコンを祖母の家に設置しにきたとき、叔父は「私はいつ家を出ていくんだ?」と言った。

嫁あたりがいつ私が出ていって、祖母の家に越してこれるんだとでも言ったんだろう。

ゴミ屋敷に住んでいてマンションに家賃払うのが嫌だから、少しでもお金を浮かしたいとでも思っているのではないか?あの豚め。

 

やれるものなら今すぐ過敏な体質にしてやりたいものだ。

サードアイを力ずくでこじ開ければ、過敏な体質がどういうものかわかるかもしれない。

なにもわからなやつが人をおかしいおかしいとほざく。

私は差別を差別しないし差別をやめさせようともしていない。

ただ、差別は自分と他人への暴力になるというだけだ。

 

だが、祖母にお金を払ってもらっているんだから、私は自分の心を動かして、祖母のためにまともにならなければならないと思い込んでいたらしい。

 

だから、就寝時に祖母に打ち明けた。

「いままではお金があって払えた国保も今は自分で払えない。

国保も生命保険も携帯料金も自分が払えるようになったら支払うから、すべて止めてほしい。

私は”おかしな子”だと祖母が解釈するのは自由だが、私はこの自分を変えるつもりはないし、二度と変えないと決めた。

祖母の思う理想のまともな子にはなれない。あきらめてくれ。

その代わりに、おかしな子にお金を払わなくていい。

もったいないんでしょう?人の心よりお金が大事なんでしょう?

でもおかしな子を卒業するつもりもない。

私は死ぬまで自分の生き方を変えるつもりはない。

申し訳ないけれど、衣食住やガス代水道代は払ってもらうしかないけれど、それ以外は止めてくれていい。

私をお金で脅迫して思い通りにしようとしないで!」

 

自分で言って気がついた。

 

私は祖母からお金を払ってもらっていることに後ろめたさ、重たさという恩を感じていて、祖母の理想の私にならなければ申し訳ないのかもしれないのでは?と。

おかしな子からまともな子にならなければいけないのではないか?と。

 

自分の心をお金で動かそうとしていた。

まともな子にならなければいけないから、自分の夢を追いかけてはいけないのではないか?

おかしな子である自分を自分が否定して、お金で自分の心を変えようとしていた。

 

一人暮らししたい、この家を出ていきたいと私が一番思っているのだ。

 

おかしな子でもいいと思っていたのに、まだ、どこかで、家族に世話になっているんだから、家族にお金を払わせて申し訳ないから、家族の期待に応えて、まともな子にならなければならいのではないか?と自分を否定していたから、矛盾が起きて動けなくなていたのかもしれない。

 

霊能者なんて、霊媒体質なんて、世間ではまだまだおかしな子、変な人扱いだ。

ふつうのそこらの子とちがうからって、まともな子にしようとされることもザラだ。

生き方も人格も否定されることに慣れて、そういう無理解な人を、こちらは理解できないままでも、ありのままに存在を認めるしかない。

 

人が人を変えることができないことは自分が一番良くわかっている。

霊能者になりたいと言うやつが「ふつうの人」のままでいたいと言ってきたことがあり、ぶっ飛ばしたくたくなったこともあった。

私が幽霊と対話できるのなら、そいつの家に行ってやってくれと言えたのに。

 

ああ、だから私は肉眼で幽霊が見えないのかしら。

 

お金で人の心を動かせると思うなよって思っていたのに、お金を払ってもらう申し訳無さに挫けて。

自分がおかしな子ではいけないのではないかと自分の存在自体を消したくてたまらなかったようだ。

自分では全く無自覚だし、祖母のために、お金のために、自分を”まとも”に変えようとしていることに気付かないでいた。

 

”おかしな子”の自分を家族から否定されること、そして自分自身が受け入れられていなかったこと、家族から理解されたがっていた、なんとなく理解されていると思っていたのにそうではなかったこと。

 

家族からお金を支払ってもらわなくなれば、心理的なコントロール支配から脱せると思った。自由になれると感じた。自分の好きなように生きて、独立できるんだと感じた。

 

私がおかしな子からまともな子になろうとする支配を解くために、すべての支払を止めさせようと思った。

家族は、祖母は、私にお金の話をすることで、祖母の思い通りの私にしようとしてきたからだ。

 

支払いさえ止めさせれば、自分が自分の心をお金のためにぐちゃぐちゃに歪ませる前に、好きなことをして独立できると信じていた。

 

こんな家族を捨てたいと思った。もういらないと思った。

だから早く家を出たかった。家ごと家族を捨てたかったのだ。

 

おかしい人間扱いされるのはいいけれど、お金で脅迫して心を変えようとするなんて人のやることじゃない。

 

この家さえ出ていければとずっと思っていた。

私を否定する家になんていたくないのは、私が一番強く思っていたさ。

 

おかしな子。おかしな子でいい。

私は人が私をどう解釈しても構わない。

私はありのまま、自然な姿で生きることを、おかしいと思う人もいることは自由だ。

そんな人を否定せず、ありのままに認め、しかし彼らを受け入れない、関わりを持たないのも私の自由だ。

 

でも、家族のお金によって脅迫してきて、私の生き方を変えようとすることは受け入れられないと確信した。

 

今度、私の生き方に干渉しようものなら、何をしてしまうかわからない。

そういう事態をこれまでも何百ぺんと耐えてきた。我慢してきたんだ。

これ以上は冗談じゃない。私にとって、まわりの人間は人殺しにさえ感じられていたのだ。

 

私はこの世界でやるべきことはやった。

これからは私がどう生きようと私の自由だ。

 

おかしな子でいい。私は家族からおかしい子と思われる生き方をする。

おかしな子として生きてなにが悪いというの。

それで私が心から自由で自然で在れるなら他人からの見方なんてどうだっていいわ。

 

国保とか、携帯電話は、夏以降に期限が切れる。

だれにも私の人生に干渉させずに生きていきたい。

私も干渉しない、私の生き方に干渉させない。

 

 

 

 

無職、年収がない、給料がないなら恋愛も結婚もできない、その相手としてふさわしくないという観念

 

姪が自身の彼氏がアルバイトじゃ嫌だとのたまわっていた。

私自身が、無職だとか収入のなさから、恋愛や結婚などの相手には見られない、ふさわしくない、価値がないと自己否定していた、嫌悪、自責していたことに気付いた。

 

それ以前に、無職の自分はダメなのかと自己否定していたことに祖母との会話で気付いた。

 

そこからはじまり、

 

外仕事できない自分への否定、嫌悪、自責

祖母から外仕事を要求され、それを嫌がると同時に、できない自分に苛立ちや怒りを感じて自己否定していた、らしい。

 

「私だって外仕事くらいできるはずなのに。外仕事できたらいまごろは一人暮らしをしてこんな家出ていっているのに!」という悔しさ。憤りを感じていたことに気付いた。

 

姪や甥にできて私にできないはずがない!という自己嫌悪感

ひとりひとりに生き方があるんだから、私にだってできないこと、合わない生き方はあるのだから、自分がそれを否定したらおしまいだなと思った。

 

ほかの身内親族に私の文章量を書けと言っても書けないし、霊能力者として霊を成仏させろと言ってもできないように、私には私に合った生き方があったのに、できないことが「おかしい」と思われていることが悔しくて、私にもできると証明してやり返してやりたかった。

 

外仕事ができなくて自分を見下していたのは自分だったんだ。

 

自分のことは自分さえ理解していればそれでいい

どこかで祖母には理解してもらえていると思っていたのかもしれない。

でもそれは勘違いだった。いや、理解してもらおうと思ったのがそもそも間違いだったのだ。

 

それに祖母に理解されなくてもいいんだ。自分が自分のことを理解していれば。

他の人の理解なんていらないし、認めて貰う必要もない。

 

わかり合えないのは仕方がない。

理解できないのはあちらのせいで私のせいではないのだから。

 

外仕事ができないから独立できないこと

外仕事がやれていれば、今頃は独立できていた。

私がまともじゃないから、収入も得られなくて一人暮らしもできないのか?

 

自分が情けなかった。

自分が恥ずかしかった。

 

自分を世間で認められているようなまともな子にしよう、独立させようとする祖母に反発したのは、自分が一人暮らしできずに自分を恥じていたんだろう。

無意識に家族や人の目を気にしていたのかもしれない。

 

家族の感情が怖くて、早く独立したかったのもある。

私をおかしいと思って見る目はなにをされるかわからない恐怖感があった。

 

いつまでも家をでないとまた精神病院に入れるぞ、精神病院に連れて行くぞと脅されて、力づくで連れて行かれるかもしれない、夜もおちおち寝られないと思っていた。

 

いまでもときどき祖母と口論をすると夜寝るのが怖いのは、なにをされるかわからない恐怖心からだったのかもしれない。

 

祖母がなにかあると母親を呼んで、私をひどい目にあわせようとした祖母を殺したいくらいに憎んで、ふたりに怯えている子供時代があった。

 

でも私が恐怖のあまり母親を突き飛ばしてからは、夜の恐怖事件が起きることはなくなった。

 

そのときの記憶はふっとんでいて唯一覚えていない。

推測では、身の危険を一心に感じて殺されると思ったのかもしれない。

不思議なくらいにその一夜の恐怖は、途中からなーんにも覚えていない。空白なのだ。

 

家族から嫌われてもいい、好かれなくてもいい、認められずにおかしい扱いを受けてもいい

そうだ、なんで好かれようとしていたのだろう。

脅されて夜な夜な病院に連れて行かれて閉じ込められる恐怖感からだろうか?

 

もういいんだ、ひどいことをする家族に好かれようとしなくても。

もう理解をしてもらおうとか、認めてもらおうとか、仲良くしようとか思わなくていいんだ。

 

人権侵害があれば警察でも公共施設でもネットでも訴えればいいんだ。

人のこと羽交い締めにしてどこかに連れて行こうとしたら半殺しでも自己防衛でしょ。

 

そういえば、夜に眠ったらさらわれてどこかへ連れて行かれてしまうって本気で怖いときがあった。

 

捨てられる恐怖

いま追い出されたら生きていけないから、家族のご機嫌をうかがって家を出られるまで利用してきた。

 

経済力がついたら家族を捨てるつもりだった。

二度と戻らない、住所も教えない。

私に経済力があればいますぐにでも捨ててやるのに、と。

私は母から捨てられたので、同じことをだれかにしてやりたかったんだ。

 

私の夢の一つは経済力をつけて家族を捨てることだった。

家族を幸せにしたい夢の一方では捨ててやりたい気持ちでいっぱいだった。

 

経済力のない自分がみじめで嫌いだった。

復讐目的だから、夢のためでも復讐の資金は入ってこなかった。

 

家族と仲良くしたい気持ちもあった

信じられない、トチ狂っているとさえ自分を思う。

子供の頃、家族と仲良くしようとしたけれどあっちが仲良くする気がないとわかったから、利用目的に変わったと思っていたけれど。

 

私は家族と仲良くしようとしていた。

”家族だから”仲良くするものだと思い込んでいたんだ。

 

でも、その気持ちはことごとく拒絶され、否定され、ゴミに捨てられてきた。

ずたずたに切り裂かれてきた。

 

だから私もお返しに、ずたずたに切り裂いて孤独の淵に追い込んでやろうと思った。

傷つけて、苦しめて、消えない痛みをずっと残して、死ぬまで苦しめばいいと思った。

 

傷つけられてもまだ家族と仲良くしなきゃいけない、仲良くしようと努力していたんだ。

見限れていなかった、見捨てきれていなかった。

いつか仲良くなれるのではないかと希望を抱いて夢見ていたんだ。

 

ご機嫌伺いも家族と仲良くするためだったのかな。

波風立てないように、みたいな。

 

私だからこの家庭環境に耐えられていたけれど、ふつうのメンタルだったらとっくにやられて、暴力沙汰事件を起こしていてもおかしくないと思った。

 

家族に家族として認められて、仲良く幸せに暮らすことをどこかで夢見ていた。

幸せであたたかな家族をずっと夢見て描いていた。

人の幸せそうな家族を見るたびに妬ましいと思っていた。

 

私がなんとかすれば、私が変われば、この暴力的な家庭が幸せな家庭に変わるのではないか?

そんなふうに子供心に思い描いていたんだろうな、理想の家族生活を。

 

この暴力家庭の暴力家族に変わってほしいと願っていて、自分が変わっていけば家族も変わっていくだろうと無意識に要求していたとしたら、祖母が私に理想を押し付けたように、私も祖母をはじめ理想を押し付けて、それにそぐわないことを強く非難していたように思う。

 

私が変わったのにてめえらは変わろうとしない!!怠惰でグズな親族どもめ!!みたいな。

自分や人が変わることに執心していたのはこれが原因の根っこかなあ…。

 

「変わればよくなるのになんで変わらないんだ!ふざけんな!怠けるな!サボるな!そのまんまじゃおまえらは一生幸せにならねーんだよ!!」ってのが、まさに家族に向けて言っていたのか…?

 

お金を欲しがると嫌な顔をされたり、文句を言われたり、嫌味や怒鳴りなどを受けてろくな目に遭わないから、お金をもらってはいけない、なるべく控えなければ、と思うようになった。

 

お金をもらおうとする、お金を欲しがる、ほしいものをねだると、殺されるという気持ちがセットでついてきて、衝動的に相手を殺したくなった。殺意、憎悪、攻撃的な気持ちがぶつっと出ててきていた。

自分でもなぜなのかこれまで理由がわからなかった。

 

お金をもらわなくなれば家族の機嫌がよくなって、ゲームを買ってほしいと言ったり、高額なものを欲しがったりしなければ、幸せな家族になれると子供心に思ったのかもしれない。

 

お金がほしいと言わなければ、ご機嫌でいてくれると思っていたのだろう。

嫌な顔をしないでいてくれる、理想の家族に近づいていく、幸せになれる。

 

お金さえあれば家族は幸せになって、私の理想の状態になるだろうとも思っていた。

だからお金を稼ごうと人生の前半は家族のためお金のために犠牲にしてきた、尽くしてきた。

でもそれすら、祖母にも伝わっていなかった。

 

婚活だって祖母が幸せになるように結婚をして子供を産めば、幸せな家庭になるのかもしれないと思ったのかもしれない。

でもやらなくて正解だった。

 

祖母にそんなことをしても、私の理想の家族と家庭にはならないのだから。

祖母が幸せでも私が幸せになれなきゃ意味がない。

 

私は私こそが一番幸せ、理想的な家庭家族を手に入れることが目的だったのだから。

赤ん坊だけ可愛がられても、私が満足のいく結果を得られなければ、私は祖母に復讐していただろう。

 

もしかしたら、祖母への怒りを赤ん坊に向けていたかもしれない。

そうならずにほんとうに良かった。

 

私は家族親族のすべてを変えようとしていた

理想の家族に変えようとしていた。

お金の力、自己犠牲、暴力、復讐、脅迫、なんでもありだった。

私が子供のときに理想にした憧れの家庭にするために、家族全員を首切り台に掛けたのだ。

 

私の理想から外れることがいつしか許せなくなっていった。

私はこんなに家族のために努力しているのに、家族は私のためにまったく変わろうとしない。

それどころか、私を苦しめて痛めつける。

そんな家族を、親族を、許すわけにはいかなくなっていったのだ。

 

母親がよく罵倒の言葉に使っていた。

「なんでも自分の思い通りになると思うなよ」

「悲劇のヒロインを気取るな」

 

悲劇の主役が必ずしもシンデレラとは限らない。

絞首刑台の断罪人かもしれない。

 

その頃から、私は家族を変えたがっていたのかもしれない、自分の思い通りに。 

そうなると、私はかなり怖い子供というか策士というか。

まあ、それくらいの子供じゃないと太刀打ちできなかっただろうけれど。

 

理想の家族としての反応をしないとき、家族を殺したくなった

暴力を振るって思い通りの反応に矯正したくてたまらなかった。

理想から外れる、それだけで殺したいくらい気に入らなかった。

 

お金だって気前よく払ってほしかった。

それが私の理想の家族像だったから。

 

ケチケチしたり、物欲や所有欲をむき出しにしたり、私よりもお金を優先する態度を取られようものなら、顔中、蜂の巣にしてやりたい衝動に駆られていた。

そのたびに自己嫌悪して自分を責めて、ほんとうにつらかった。

 

私の言うことを聞かない家族なんていらない。

私は優しい家族が欲しかった。

自分の思った通りの反応をくれる優しくてあたたかい家族がほしかった。

 

私の理想から外れているくせに説教してくるやつが許せなかった。

私の思い通りにならないくせに、私のことを思い通りにしようとしてくるのが許せなかった。

 

私の思い通りではない家族…五歳のときの両親の喧嘩で受けた、私に対する反応。

そのときから、私は家族にたいする殺意で満ち満ちていたと思う。

 

私を助けずに見捨てた父親。

私を鬼の形相で押入れに閉じ込めた母親。

母親に馬乗りになって母親を殺そうとした父親。

 

どっちも、両親ともども、私が殺してやりたい気持ちでいっぱいだった。

私を傷つけた悪逆無道な両親という生き物をどっちも成敗してやりたかった。

私の家族矯正計画はここからはじまっていたのかもしれない。

 

私の理想と乖離した両親。

両親を殺したいと思った五歳のとき。

どうしてそう思ったのか?

 

  • 殺されると感じた
  • やらないとやられると思った
  • 凶悪な恐怖を植え付けられたから
  • やられたからやり返したかった
  • 恐怖がすごかったから
  • 悪い奴らだと思ったから

 

殺されそうだったんだ。

だから殺そうとした、私も。

殺されそうだと感じた防衛本能で。

 

脅迫を受けている、殺されそうだと感じることがたびたびあったのは、五歳のときにすでにはじまっていたのか。

殺されそうだと感じるたびに攻撃して相手を殺そうとしていた気がする。

 

祖父母がお金をくれないと、お金をくれなかったり、私の机を買うための祖母からもらったお金を勝手に使い込んだ母親や、私への養育費を止めた父親への殺意を思い出すんだ。

 

お金を出すことを渋って、ケチケチして、使いみちまで監視して、私がなにか買ってもらおうとすると文句を言い、とくに母親は私に、父親が養育費を止めただの、あれ食べるなこれ食べるな、余計なものを私に買うな、などとお金の文句や悪口ばかり吹き込んできた。

 

母親=お金の亡者になっていて、お金を渋って嫌なことを言ったり、嫌な顔をする人間は、私にとって私を殺そうとした母親への殺意を思い出す鏡だった。

 お金がほしいと言ったら母親に殺されそうになる。

 

五歳のときの感情と体験が混ざっていたんだ。

五歳のときに受けた脅迫と殺される恐怖と殺さないとやられるという恐怖の衝動とがぐちゃぐちゃの臓物のように。

 

お金がほしい、あれを買ってほしいと言う相手の反応が嫌なものであれば、母親へのそのときの激しい感情が出てきて、相手に殺意が湧くのは、母親にされたことを思い出していたのかもしれない。

 

私をお金儲けの道具にしようとしたり、ほしいものがあっても娯楽品は無駄遣いだとか、私にはもったいないだとか言ったり、私にお金のことでいつも鬼の形相で攻撃してきたから、何度も私は殺されそうになった。

 

母親がお金をくれない、母親がほしいものを買ってくれない。

なのに自分のものは高くても買う母親が憎くて憎くて殺したくてたまらなかった。

お金をくれない、ほしいものを買ってくれないことを理由に、母親を殺す動機や衝動にしたかったんだ。

 

なんでもよかったんだろうか。

母親を殺すだけの衝動と殺意が湧き上がるのなら。

 

いや、なんでもよかったのだろうか?

いつもいつも、私よりもお金を優先していた母親は、祖母が私にお菓子を買ってくれるというので選んでいれば、横から「そんなもの買わなくていい」と口を挟んできた母親の声と言葉を今もリアルに思い出せる。

 

この人は、私よりも子供が大切なんだと思った。

だったらあのとき父親に殺されていればよかったのにと思ったし、この人いらないなとも思った。

 

この人こそ無駄なお金を使う無駄な存在だし、私をお金と天秤にかけて軽んじるから、私も彼女の命も存在も軽んじていた。

 

母は子供の私に対してお金についてよく攻撃してきて、私の心や存在よりもお金を優先して、お金で脅迫してくる最低最悪な人間だったから、お金=母親への憎悪に変わっていてもおかしくない。

 

同じ漫画雑誌を買ってしまったら「余計なことをして!」と鬼の顔で怒る。

笑って「待ちきれずに買っちゃったんだね」と言えずに、お金が勿体ないと子供の私の幼い行動を怒鳴らずにいられなかったらしい。

 

姪にはお年玉をやって、私にはくれなかったときも、私にはびた一文やらずに、姪のお年玉袋を私に渡してきたこともあった。

 

クリスマスのプレゼントには七〇〇円したかどうかわからないようないらないものが枕元に置いてあって、しばらくして使わずに捨てた。

母親はとにかくお金にとり憑かれてた。

 

私の存在よりもお金を大切にする、自分だけよければそれでいいという母親。そして父親。新しい家庭ごとぶち壊して殺したくてたまらなかった。

 

内観をすると沸き起こる頻繁な殺人衝動は、五歳のときに殺されると思った恐怖の出来事と、小夜の出来事に関連していたのか。

 

私、じつはとんでもない自分の出生の秘密ってのを見つけたのかもしんない!

五歳で殺されるって…よく私、だれも殺さなかったな。

自分の心は何百何千と殺してきたかわからないけれど、ははは。

 

ああそうか。自分を殺すことで殺される恐怖からきていた自己防衛本能(殺人衝動)を緩和していたのか。

そうじゃないと今頃だれか身内を殺していてもおかしくなかったもの。

よく耐えたなあ、私。強人じゃん。

 

小夜が出てきたときもうすぐ終わるって言っていたけれど。

小夜のことじゃなくて内観のことだったのかなあ。

つら。まぶたが重い。しんどい。泣き腫らして疲れたよ。休む。

 

 ★追記★

寝るとき、まぶたがすっごい重くて鈍痛がして、なかなか寝付けなかった。

氷とあたたかい装置でまぶたを冷やしてあたためて、なんとか症状が軽くなった頃に寝入ることができた。

 

ふと、強い殺意が自分の中からふ~っと軽くなっていると感じた。

「あ、親を殺したかったんだ」と気付いたら、ずっとずっと二十八年と数ヶ月、私の中で激しく踊り続けていた殺意が水しぶきになって吹き飛んだ。

 

まだ残滓が少し、とかげの尻尾ぶんくらいは残っているみたいだけれど。

けど大きいのを取ったから、あとは残り掃除をしていけば必ずきれいになる。

 

軽くなったー!というのが解放直後の素直な感覚。

ふわーっと羽が舞うようなそんな心持ち。

 

いやー、つっらー。まじつっらー。

前回もつらかったけれど、今回もつっらかった。つらかった。

 

前回より自分レベルがアップしていものの、つっら。

前回は泣いてもまぶたは腫れんかったのに、今回はぶっくり雪だるまみたいにふくれた。

顔もむくんでいたし。

 

あの殺意が五歳から二十八年ずっと私のなかにあったかと思うと、よく耐えれたなー。

まあ千年間、どうにもできなかった怒りの感情だから、これくらい強烈なのかねえ。

ついでに私、硫黄島の隊長の想いもかついでいたし、どんだけ重いもの背負ってんだ!

 

あ、ついでに肉眼で幽霊見えない理由もなんかわかったかも。

こんな殺意や無念を解消しないで持っている子供があれこれ念を飛ばしたら、ちょっとどうなってたかわかんないねー。

なんで見えないのー思ったけれど、自分の安全のためでもあったのかも。