高次本能研究日記@こころ科学

姓名数数秘7の内観と心理分析、人が自分らしく生きるための本能開花について考える記録日記

WEBで無料のマヤ・ツォルキンを計算したら自分のkin番号が間違っていた

メルカリでの一連の出来事を内観してがーっと書いたら、ちゃんと受け取り評価してもらえた。発送日をのぞいて5日目だね。「よかったよ」評価だった。

まあまだちょっと根っこが残っている感もあるからもう少し内観が必要だなと思うが。

 

最近、内観したらぽん!と現象に出てくれてありがたい。

現象化が早まるということは、それだけ私が私らしい人生を歩んでいる証拠だと感じるから。

 

それにやっぱりやっただけの成果がともなうと、やってきてよかったなーこれからも続けよう!って思える~。

 

プロセスの過程で成果は出ているから、現象化は副産物というか、それもプロセスのうちだといえばうちかな。

 

最終的には悟ったと感じるまでやること。

ブッダと並ぶぜこんちくしょう!(>ω<)なプロセスでいろいろおもしろい出来事があって人生に飽きませんな。

 

ふと思ったのだけれど、WEBで計算できるマヤのツォルキン暦って、間違っている。

一部かもしれないし、ぜんぶかもしれない。

 

でも、WEBで試しに計算したら、マヤのツォルキン暦とはまったくかぶりもしない自分の誕生kinが出てきて「え?」となった。

なので、別の方法で鑑定してもらうといいかも…。自分で本を買ってみるとか。

 

私はたまたま機会があってきちんと計算してもらえたからいいものの、WEBの無料マヤ暦計算を当てにしていたら、おかしなことになっていただろうなと思う。

 

 

※追記 2021年6月12日

 

WEB上の計算は間違えていません。

当方と当方がもらった鑑定が間違えていました。

手動でやっても自動でやっても結果は変わりません。

 

 

ただ絶対に間違っているとは断定できないから、kin番号で出てきた紋章の説明を読んで「ん?」と違和感を感じたら、違うということ。

 

感覚的なものだけれど、いままでの自分の人生とかぶるようでかぶっていない、まったくそれだ!とは思えないなら、違う。

 

これ、マヤ暦って間違っている紋章の生き方をなぞらえようとするとすっごくつらいよ。

私は黄色い種に青い夢なのに、白い魔法使いと白い犬と計算されて、いやあ、そういうところもあったかもしれないけれどいままでの出来事と合わないよなあって思った。

 

ツォルキン暦でkinが正確にわかったとしても、そのとおりに生きなきゃいけない決まりはない。

 

それでも自分の感覚的に、kinを参考にするととても生きやすいし、これからどう生きたらいいんだろうと方向性に悩んでいたけれど、人生のこれからに不安や恐れを抱くこともなくなっていって、この生き方でいいんだ、自分のこの生き方を信頼しよう、自分を信じられるぞ!って気持ちの芽がぐんぐん伸びて、自分の生き方に安心できると感じている。

 

迷って迷って迷って、でも夢を生きる生き方でよかったんだと思えたら、なんだそっか~子供のときに自分の生き方わかってたんじゃん!私、天才♪って思った。

 

一度はその生き方を手折られたけれど、もう大丈夫。もう迷わない。

 

そうそう、世の中には物質的なスピリチュアルもあれば、お金ではなく心のすみずみまで冒険して、あらゆる心の秘密を見つけて、創造世界を生きる人もいる。

 

お金をたくさん得た人が語れるのはお金のスピリチュアル。

経済的な、物質的な生き方が合う人たち向け。

 

私がやっているのは心のなかを探検する実用スピリチュアル。

 

ほかにも、いろんなスピリチュアルがあるけれど、私は実用的かつ心理学的な、霊能力とかスピリチュアルとかであるまえに、自分の心を深く深く見つめる方法とか実践したことについて書いている。

自分で自分の心を科学して研究するスピリットなもの。

 

なので、自分に合わないスピリチュアルは確かにある。

経済的な生き方をする人が、その人に合わないスピリチュアル論について反発を示したり、そんなものは存在しないよというのは、そういう生き方だから。

 

彼らは経済的に必要のない、精神的あるいは心理学的スピリチュアルな分野に足を突っ込んで、ないよないよと声高に否定しているが、そりゃああんたらには必要がないスピリット知識だろ(笑)ということだ。

 

メンタルブロックとか経済的な人たちによって信じる人もいれば信じない人もいる。

ただどちらにせよ、経済的な生き方、物質や社会生活に適応して生きる人たちが語るのは絶対的に経済、物質、社会生活、お金に関するスピリット知識が優位なのだ。

 

だけど、ツォルキン暦にはいくつか紋章があり、それが合わないスピリットの持ち主たちもいる。

 

青い夢はとくに、お金や経済を軸にした生き方は合わない。なので経済的なスピリットは息苦しいだけ。

経済的なスピリットの持ち主と仲良くならなくてもいいと思う。

ずっと反対の岸にいてもいいくらいだと個人的に思う。

 

青い夜はじめ、創造的な世界で生きることを定めとするスピリットは、物質的な軸の人生の人とも気が合わない。

相容れないというか、そもそも相性すらねえよっていうか。

 

自分で書いていて思うけれど、経済だの社会生活だの外との関わりだのを強要してきたり、誤解したままメンタルブロックを語ったり、そもそも論でスピリチュアルを否定する輩には、個人的に反感しか抱かない。絶対、話が合わないし、対面で会おうものなら、話を合わせなくちゃならないのはこっちだなと感じる。

 

なんでああも物質系社会系スピリットって押しが強いというか、自分の世界を押し付けてくるんだろう。うざすぎワロス。

 

ただもう、「あ、経済的な人とは合わないんだな」と気付いたら、いままで苦手過ぎた経済的な人たちの考え方が受け入れられなかったのはそういうことなのねと納得いった。

 

「あ、無理。受け入れられない。私の世界にはいらない」って思った。

本能的に嫌だと感じる。

なんかこっちが理解できないのが悪いみたいに思っていたけれど、そもそも相容れない畑違いどころか世界違いとなったら、もう理解どうの相容れるどうのの次元じゃねえなと。

 

そういう人たちが必要なこともわかる。

世の中、生き方に迷ったとき、経済だけ、創造だけじゃ生き方が定まらない人もいるから、千差万別の生き方見本がある。

経済重視な人もいれば、私みたいに創造重視な人もいたり、奉仕重視もいれば、いろいろいる。

 

だけど、経済人たちは押しが強いのであちらが正しく、こちらが間違っているように見えてしまうかもしれないが、そんなの、生き方のひとつにすぎない。

そういう生き方をしてもいいし、べつの生き方をしてもいい。

ただ、お金だけが生き方の全てではないよということ。

 

どうしたって合わないものは合わない。

どうしたって青い夢をはじめ、スピリットが物質を好まない人もいるし、自分の世界をもつ人は創造世界こそが現実であり、物質や経済やお金や外社会との緊密に関わるのは向いていない。

 

関わりたいなら関わればいいけれど、苦しくなったら距離を置いてもいいと自分を許していい。まわりはくどくど言うだろうが、その人とは相容れない世界の人なのだと割り切り、自分の世界を生きるが正解だ。

自分が生きたい、生きやすい方向を、他人の強い意見に惑わされて曲げる必要なんかない。

 

青い夢の人はひとり世界のほうが好きだから、自分の世界を勝手にいじくられるのを非常に嫌う。

ひとり時間がとても大切で、干渉されないで理解してもらえるとその人と仲良くいられる。完全に芸術肌、職人肌って感じ。

 

だから、大勢からは理解されにくいし、もっと外で人と関われとか、外に出ろとか、引きこもるなとか言われるが、べつに引きこもっていない。そこがその人の世界であって、自分の世界は外よりも広く創られている。

 

その世界を見せても理解されないことはザラ。

理解されなくても、自分の世界を大切にして創造で生きていってもいい。

夢は見るだけじゃなくて実現させるものだと、青い夢の私は思っている。