高次本能研究日記@こころ科学

姓名数数秘7の内観と心理分析、人が自分らしく生きるための本能開花について考える記録日記

【未来】「月」の世界を振り返らずに前進する勇気

 

自分の「将来が怖い」

生活保護とか受けることになったらどうしよう。

ひとりになったら生きていけるんだろうか。

もっと早くに稼げる仕事に就いていればこんな不安はなくて済んだのに!

外でアルバイトとかになったらもう夢どころじゃないよ・・・。

 

 

あれこれと将来が怖い理由があった。

元の内観内容は、『個人が作品を出して1000万円稼ぐ作家になったという記事を思い出していて、お金だけを取り上げるって夢がないなあ。

WEB記事を書いた人もそれだけのお金があったら生活不安がないと思ったのかなあ?』

というものだった。

 

お金で夢が買えることもある。

だけどお金そのものに夢を見出して、お金儲けという夢を掲げるのは、私の性には合わない。

 

お金が夢や希望を作ることはあるけれど、お金がなければ夢希望を叶えられないわけじゃない。

お金の使い方で夢にも希望になるし奇跡にもあるけれど、お金そのものに夢を感じてお金儲けをしよう!と思えなかった。

 

お金は悪くない。お金は夢や希望や奇跡を起こす手段だ。

それで叶えられる夢もあることは認めている。

ただ、私は手段であるお金の向こう側に夢を見ている。

 

お金儲けが生きがいなら、それがその人の生き方なんだろう。

世の中には経済を回していくのが天命である人もいるので、そういう人達がたとえどのような人格者であろうとも、経済を循環させてくれているのは事実。

彼らのように好きで経済を循環させる人達がいるから私も私で好きなことができる。

 

話をもとに戻すと、その作家さんはべつに1000万稼ぐ作家になろうとしたわけじゃなく、結果的にそうなっただけじゃないのか?と思ったのだ。

 

たとえばインタビュアーが「作品がすごく丁寧に描かれていてすごく心に響くので、みんなが買う人気作家なのも納得です~」っていう作品への感想も見かけなかった。

読んでいないのに、年収だけに注目したの?芸術家にたいして?と思った。

 

スポーツでもなんでもそうだけれど、経済を回すことが天命天職でない、なにかを作っている、なにかを発信している人に対して、その作品にたいする感想もなかった。

お金の話題に食いつきたかっただけなの?とも。

 

心を込めた作品が人の心に響いて、人が集まってきて、人気が高まって、結果的にお金が入ってくるようになったと言うだけで、お金を稼ぐだけが目的じゃないでしょ?作品については?っていう感想がもたげた。

 

その内観から派生して、お金そのものには夢がない。

お金を使って結果的に夢や希望を感じられることに投資をしたり、ほしいものを買うという夢が叶うという意味では、お金で叶う夢もあると思った。

 

私は夢を見ていたいと思った。

現実も空想もそんなのを区別しなくても人生はつかの間の夢だと解釈している。

宇宙からしたらまばたき一回分が私達の人生だ。

 

現実と空想を区別しないから犯罪が起きるという説もあるが、そもそも現実と空想をリアルとフィクションという曖昧なもので境界線を引けるようなものではないと思う。

 

現実で起きていることも空想もどちらも人の体験している夢だから、それを区別したところで執着や恐怖が生まれるだけで、たいしておもしろいことにならないなと気付いたからだ。

 

空想は現実の縮図、あるいは、ジオラマ

 

現代では起こせないこと、地球では再現できないことを創作という場で伝達されているだけであって、現実にないわけではないんだから、作り物と現実とを区別しないやつは危ないという恐れに囚われている人は人生や地球の全体像を把握しきれていない。

 

フィクションを見てああなったらどうしようという恐怖が、だれかの恐怖をたきつけ、恐れていたことの現実化を引き起こしていることもおうおうにあるが、視野が狭い、知識がない人は、結果論だけしか見ていない。

 

まさか自分が恐怖を感じる出来事を現実のものとしていたなんて思いもよるまい。

多くの人の恐怖や怒りの感情はフィクションで済んでいたものを現実化してしまうだけの力がある。

 

反対に、喜びや楽しみ、祈りや希望といったものも感情なので、強い願い、たくさんの強い祈りが奇跡を起こすことは珍しくない。

自分の感情に責任を持たなければならない理由は、この辺にもある。

 

将来不安も恐れのうちだった。

私は近視と乱視があり、遠くのもの=将来がぼやけて見える。

 

人はぼやけて見えるものや暗い世界に潜在的には不安を抱くか、もしくは、自分の未来への恐れが投影されるらしい。

 

遠くのもの=将来を見るのが怖い、先に進むのが怖い、未来に歩いて行きたくないという気持ちがあった。

タロットカードの月の世界を前に立ち尽くす子供のようだったことに気がついた。

 

気がついたと言うが、ハイヤーセルフにどうしてもわかりませんと尋ねて、ヒントをもらったのだが。

 

タロットカードの月は、真っ暗闇に月がぼんやりと浮かんでいる風景だ。

光は月明かりだけで、狼や犬がいる。

先が見えない。ぼんやりとして、曖昧で、将来なんてまったくどうなるかわからない不安を表している。

 

トートタロットは進むときも怖いし、進んだあとも怖い感じの意味を感じる。

前に進む勇気を試され、前に進んでも振り返れば失敗したとみなされて攻撃を受ける可能性がある。

洋画ネバー・エンディング・ストーリーのワンシーンのような。

 

私も将来が不安だ、だってあれがこれがと理由をつけていたけれど、先に進むのが怖かったんだ。未来を見に行くのが怖かった。

 

どうなるかわからない将来、エンディングへと進む物語、未来に向けて先の見えない暗闇を歩き出すこと・・・それが怖かったんだ。

 

わかれば単純なことだけれど、それまではタロットカードの月の世界でずっと怯えて、一歩も進めずにいた子供同然だった。

 

なにが怖いのかもわからず、ただただ呆然と先の見えない真っ暗闇につつまれた、見えない将来に向かって勇気を出すことをためらっていたんだ。

 

それが将来不安の正体だった、どうなるかわからない未来が怖かったんだとわかったら、すっきりした。

 

将来どうなるかわからない。

だけど、ここで立ち止まっていても同じ未来がループする。

いたずらに時間が過ぎる。

 

未来が見えない。将来どうなるかわからない。

暗闇に包まれた先に進むことをためらっていた。

その不安は勇気と未来を知る選択で解消される。