@自分こころ科学

内観、自己分析、セルフワーク、スピリチュアル

スピリチュアルとは、心の謎を解き明かす推理ゲームだ

好きな人には気分よくないだろうが、私はタマオキアヤさんが嫌い。

 

いずれこの記事を笑ってそんなこともあったなあと思える日がくるといい。

 

が、いまはくると思えない。

 

なんかブログで言うこと言うことすべて鼻につく。

 

なぜかは自分でもわからないのだが、どこまでも鼻につく。

 

たとえばこれは偏見と差別がふんだんに混ざっている記事とその引用。

 

★強者の理論が嫌い。 | タマオキアヤ オフィシャルブログ「自分らしく豊かになる方法」Powered by Ameba

 

私は自己啓発書が嫌いなのですが(笑)
 
書いている人はたいてい、
 
それまでの人生でも順風満帆だったとか、
 
キャリアとか高学歴とかで
 
「そういう人が成功して当たり前じゃない?」
 
とひねくれた私は思ってたんですよね。(今でも思う笑)
 
 
 
 
そういういわゆる「強者の理論」というか、
 
「怖れを突破していけ!」というのが嫌いで、
 
それができるのはやっぱり
 
一部の人のような気がするからです。

 

 
これねータマオキアヤさんの個人的な偏見と差別の価値観。
 
この価値観が現状でもあるのかどうか、個人的な価値観を嫌いだと言っても、やめろとは言えない。
 
んだけれど、強者理論ってなに?て思った。
 
イヤなこと、自分の気持ちから逃げている人間にあなたもさんざんキツイこと言っているのに、自己啓発が嫌いとか、どこかのスピリチュアル系の人の話を吸収したとはっきりわかるような思い込みスピリチュアル(自身の意識に定着していないヨソモノ観念)を語っていたり。
 
自分の気持ちを大切にする点は共感するけれど、それを絶対みたいに言うのは何なのかなあと。
 
まあ個人の価値観だからね。
 
 
 
でもねー強者の理論の「順風満帆」「キャリア組」って表現しているそれって、強者じゃなくて、世の中に出ていきやすい基盤が最初から築かれている人を指すと私は思う。
 
私はまさに、強者理論を振りかざし、自分をとことん追い詰める軍人思考をしていて、自分に鞭を打ってきたと自覚して、手放した。
 
彼女はそこにコンプレックスがあるんだろう。
たとえば家庭環境であったり家庭の経済状況や両親の関係、家族の関係だったりが円満であるほど、「成功しやすい」と彼女の観念は告げている。
 
彼女の家庭環境は苦しい経済環境であったし、怒りをためこみやすい、深いところにある固定観念を自覚できずに、いまだブログでにじませている。
 
2018年だったっけ?記事。
「1億円を稼ぐのなんてかんたんよ」っていう記事を探していたのだけれど見つからず、たまたま上記リンクの記事にピクリと反応したので見てみた。
 
私だったら、強者の理論ではなく、サポートが充実していてとくに苦労なく人生を送るように設定して、やるべきを果たすためか、はたまたそう設定しないと生きられない経験値の浅い魂だったのか、と捉える。
 
なので、強者の理論は暴論。これも彼女の嫌いな自己啓発の「思い込み」「観念」などに分類される意識の問題なのだけれど。
 
常々思っていたのは、彼女は自己愛が十分あって自信もある、自己実現を成している、かのように見える一方、Facebookで変な人に絡まれて数千人をフォロー解除?フレンド解除?なんだっけ、忘れたけれど、そういうエネルギーへの強迫観念行動を起こしたり。
 
それって、一種の気の浄化行動。
エーテルコードつながりすぎ、つなげすぎなんだよね。
 
エネルギーが低下していると、ちょっとしたダメージに敏感に反応するため、対応しきれず、自己防衛のために友人関係を一括削除したがる強迫性の気のクリーン衝動。
スピリチュアルかじっているなら方法は色々思いつくだろうに。
 
 
 
上記の「キャリア組」「順風満帆」には家庭環境へのコンプレックス、劣等感、自分もああだったら・・・という過去に執着する気配も感じた。
 
自分の価値観だけで、強者=キャリア組、順風満帆と指している。
本人の視野こそ狭くなっている。思い込みが強い。
 
視野が狭くなる理由は、固定観念や思い込みがくっつくから。
ありのままに認めることができずに、あれこれと理由をつけるから。
 
 
そして、自分の精神状態を保つために距離を置こうとすると、
 
必ずこう言う人がいる。
 
「親にそんなこと思うなんて酷い奴だ」
 
「ちゃんと帰省しないなんて」
 
「友達とは仲良くしないと」
 
 
 
 
でもね、
 
それを言っている人は、自分に言ってるの。
 
「親には感謝するものだ」
 
「帰省はするものだ」
 
「友達とは仲良くするものだ」
 
 
 
 
そういう人は、自分の気持ち
 
自分を愛していない。
 
自分だってそうしたいのに、押し殺している。
 
だから結局周りを大切にすることができない。
 
自分の「ほんとうの気持ち」を認めていないので
 
同じように他人に我慢を強いる。
 
だから平気でナイフのような持論を振りかざす。

 

さて。親孝行すべきとか、友達と仲良くとかは、必ずしもそう思っていることを認められない、とは限らない。経験上、断言する。
 
そもそもその親孝行すべきに、親のいない嫉妬が隠れていたり、愛情を受けられなかった怒りをこめていたり、愛情を受けたんだからしろ!という恣意的な暴力の可能性もあるから。
 
親孝行すべきだ⇒ほんとうはしたくないのにしている
すべき⇒強制、正義、暴力、自虐行為
 
例えば、自分にしたくもないことを強いているため、これらは、親孝行しなくちゃいけないのに親孝行できていない、したいと思えない自分は駄目なやつだという気持ちを、相手を鏡にして言っている可能性もあることを失念している
 
ほんとうに心から親孝行が嬉しい楽しいなら、すべきだとは言わない
すべき、は正義感からの自虐行為
一種の暴力であるため、すべきだのやるべきだとべきべきと正悪で、相手にやらなければ罪悪感を与えるぞと脅しているのだ
 
自分にもそうやって罪悪感を与えて、攻撃して、したくないことを自分に強いているから、他人に強いる
つまりは自虐から、外への暴力にまで発展して、自分に暴力を振るうのをやめてほしいという現象が「すべき」に凝縮されている
 
 
また、鏡の法則に関するスピリチュアルな本を聞きかじっただけで、そこには彼女の経験が反映されきっていないらしい
 
自分の中でちゃんとかみくだいていたら、ああいう書き方にはならないだろうなと感じた
もっと自分の経験に基づいた、心の真実に基づいたことを書けるはずなのだ
まるで、安っぽくて実用的ではない、ありきたりな心理学の本でも読んでいるみたいだと思った
 
鏡の法則をただの反射作用だと思いこんでいると、「親孝行すべきだ」と言った人は「ほんとうは自分が親孝行したいのに、したい気持ちを認められない」という一点に絞られてしまう
 
これは危険だ
真実を捻じ曲げてしまう可能性がある
 
したいのにできない、という嫉妬心からの発言の可能性もあれば
したくないのにしている、という自虐心理からの発言の可能性もある
 
他に、したくないのにさせられている、したいのにさせてくれない、などなど、様々な理由が考えられる
 
よって、本人の家庭環境、心理面などをつまびらかに見ていかないと、真実はわからないのだ
 
 
 
だが、彼女をはじめ、絶対にこうだと断言する人が多いなあと感じる
スピリチュアルは断言しやすいのかしら?
そもそも、なぜ、断言するかと言うと、自分がそう思っているから
イコール、正しいに決まっているでしょ理論っていうね
 
主観も大事だが、自分の価値観だけを主軸にして、客観的な視点、第三者の視点を忘れてしまうと、正確な情報は導き出せないし、その人にとってのまがいものの真実を真実だと思い込み続ける可能性がある
 
すべては多面的に作られていて、一面的に説明できることなんてなにもないと知っている
この世界の仕組みをしればそんなことはわかるはずだ
 
人間だって表と裏、肉体と心があるように、すでに多面的であるように、たった一面を見ただけですべてを知ろうとすると、思い込み、差別、偏見、色眼鏡などが生まれ、歪んだ知識に発展して、そのまま広まってしまうと、まただれかが苦しむ
 
 
 
ここで断っておこう
私のブログ、私の発言は、私個人の真実であり、あなたの真実はあなたが見つけなければいけない
 
とことあるごとに口酸っぱく耳タコくらいにしつこく言っている
 
私の言葉を信じるにしても信じないにしても、あなたの判断だ
あなたには、あなたのすべてはあなたが一から十まで判断する必要と責任があるのだ
自分で情報を精査して、自分だけのすっきりする答えを探してほしい
 
ていうか、答えを他人からもらおうなんて思うな
自分で感じる力を衰えさせて他人に答えを委ねるな
自分の人生の主導権を相手に渡してんじゃねえぞ
 
私の答えは私の人生に必要不可欠だ
しかし、私の答えはあなたにとっては不可欠ではない
あなたの答えはあなたの人生には必要不可欠だ
 
私の答えはあなたの正解じゃなく、私の正解だ
自分にとっては、だれの答えも正解はない
あなたの正解はあなただけが見つけた答えだけだ
 
私があらゆることを断言する理由は、私にとって真実だからだ
あなたの真実は、私が出した情報を手がかりに自分自身を自らの手でつまびらかにすること
 
 
 
心を知るとは、精神世界の推理ゲームだ
情報を集めて自分の心の真実を見つけるゲーム
サスペンス、パズル、物語のピース・・・これらはゲームである
 
あきらめたら謎のまま残りクリアにはたどりつけない
真実を見つけるために動けば、ひとつの謎が明らかになる
 
私の人生もあなたの人生も謎がまだまだ隠されているのだ
その謎を見つけられるのは自分の力だけだ
 
 
 
 
私がなぜここまで彼女が嫌いなのか、相容れないのかは、これから謎を解明していくとしよう
とりあえず書き出してみて気になったこと
 
・彼女の発言には、固定観念、自己嫌悪や嫉妬や思い込みやコンプレックスや劣等感などが滲んでいて澄んでいない
・本を読みかじった、人から聞きかじって共感しただけの、意識に定着していない知識を披露しているかのような文章の気配
彼女はスピリチュアル系の人たちと交流しているらしいのでそのへんの影響だろう
彼女の認識ではなく、ヨソモノの認識が定着しきれずに精神世界にただよっているってところか
・自分の経験を基にしたものではない鏡の法則の説明
・本人は自己実現した、かのように語っているが、ときどき極端な行動で自己防衛に走っている
・ビジネス、という感覚がそもそも相容れない