自分と心を科学する@こころ科学

内観、自己分析、セルフワーク、スピリチュアル

自分の「長男の嫁がきらいな理由」を自分で調べた

2020年12月12日

私の家族というものは心の絆を結んだ人を言う。

血縁者は血縁者、家族は家族、他人は他人。

 

祖母の長男嫁は平気で嘘をつく。

食事のお皿をもって食べない。

二面性がある。

ゴミ屋敷住まい。

 

でも私には単なる他人に過ぎない。

長男は血縁者だが、家族ではない。

まして嫁はただの他人。

だから家に入ってこられたくない。

長男嫁もその娘も、私にとっては赤の他人。

 

私、嘘つき嫌いなんだもの。信頼できない。

そんな嫌いな人を家族とは思いたくないと気付いてすっきり。

 

長男も長男嫁もその娘も墓参りには行かない。

もちろんお盆と彼岸以外には仏壇にも合掌しに来ない。

 

墓参りは本来は長男の仕事。

でもその長男がでくのぼうだからやらない。

私が毎月の命日に掃除に行っている。

どうやら墓参りには私の役割らしい。

長男が自称で跡継ぎだとか言うのでイカレているとさえ思う。

 

男の子を産めなくても子供を産めなくてもどうにかすればいい。

嫁に墓参りに行く義務はないが、嫁にしてもらって縁を結んでもらったにも関わらず、嫁実家のことばかり熱心にやり、縁を結んでもらった家をないがしろにして無礼を働くなと思う。

 

嫁なんてただの肩書き。

他人であることに違いない。

家族として振る舞おう、認めてもらおうとするから苦しくなるのだろう。

そのとおりだ。他人だからな。

 

だから他人なんだから家に来ないでと言いたい。

私は他人にずかずかと家に上がられるのは好きじゃない。

自分の家のように図々しくされるのも嫌いなんだ。

嫁なんてただの肩書きなんだから。嫁も婿も他人。

 

私としてはきちんと墓参りしてくれる人を跡継ぎにするべきだと思いつつ、このままだと家系断絶もあるかな、と感じている。

私が生きている間はお墓くらいには行けるが、仏壇が長男一家に引き継がれたらホコリまみれになるだろうな、と心配している。

 

といって私が一生涯独身でいるかもわからないし、祖母亡き後は家を追い出される可能性もある。

長男一家はマンションの家賃を浮かせるために実家に越して来たいなどと言っていたようだから。

 

せめて墓参りをきちんとするのであれば、人としては嫌いでも、血縁者としては仏壇と墓を安心して任せられるが、それすらしないクソ野郎で、祖母はお気楽だし(じつは考えていたらしいが言わないのでわからかった)で、私に協力してくれる人が見当たらない以上、家系断絶も自然な淘汰かもしれない、と思いつつある。

 

私ではどうしようもできないからな、今のところ。

いまの私にできることは月命日にお墓参りして、毎日仏壇で合掌することくらい。

 

自称家族なんて、ただの血縁者か他人も同然。

家族なんて心を通わせられないなら家族じゃない。

血なんてものでやすやすと築かれるものじゃない。

家族だと心から思えてこそ家族。

 

嫁はだれかと結婚しただけの他人。

それがわかってすっきりした。

 

 

2021年

新しく追記。

嫁ぎらいシリーズを一記事にまとめた。

 

嫁が嫌いな理由

長男(叔父)嫁が嫌い。

人として嫌い。

気が合わない。

ウソをつくから。

ウソをつく人はなにをかんがえているかわからないから。

ウソつきとはなかよくしたくない。

本音をださないし、二面性があって腹黒いから。

信頼どころか信用もできないし、長男(夫)をつかって祖母(姑)を攻撃するから。

自身の娘をつかって、嫁が娘に工作していたから。

娘にウソをつかせたり、ウソがばれないように娘に「なにか聞かれても答えるな」と指示していたり、ごまかせと言ったことがばればれだったり、信用できないだけの理由がたくさんあるから。

私は私の家族を攻撃したり利用することは絶対に許さないと思っていたが、私が守らなくても祖母は承知していたらしい。

 

なぜ長男嫁はウソをつくのか?

自己保身。自己防衛。

外部から攻撃されないため。

祖母の次女からもらったお土産へのお礼を言ったか?→言っていないのに嫁「言った」→娘「言ってない」→ウソばれしないようにするためにウソついた。

ウソがばれて嫁が悪印象をもたれないようにするため。

嫁ぎ先の家族に嫌な顔をされたくないから。

人から悪く言われたり、悪く思われたくないから。

とにかく嫁は傷つきやすい。被害者意識が強い。

私カワイソウにどっぷり浸かっている。

浸かりすぎたしょっぱい漬物並みに。

人からされたことをなんでも悪く受け取り「傷つけられた」「責められた」と思い込む。

いつも自分がイジメられていると思っている。

被害者でカワイソウな自分意識をもちつづけている。

カワイソウで傷つきやすい自分で居続けることで、他人を攻撃してコントロールしたがる。

長男(夫)の陰に隠れて攻撃してくる陰湿さ。

被害者意識からの加害行為が許せなかった。

私の家族を意のままにコントロールしようとする、愛情依存の行為と被害者意識が猛烈に腹立たしかった。

 

私個人の感想は、

「なんで嫁ひとりのために私たち家族が嫌な思いをさせられて、私たち家族が嫁のために変わらなくちゃいけないんだ!嫌なら出ていって!」だった。

 

私は私や家族を守りたいし、指図命令が大の嫌いだから、嫁という他人の「自分に愛情を注げ!傷つけるな!言うとおりにしろ!自由にさせろ!」という利己的な要求を飲むわけがない。

 

指図も命令も嫌い、私や祖母を変えようとするのも嫌い、そして擬似親子関係に執着する愛情要求も愛情依存も共依存も大嫌い。

 

うそつき大嫌い。腹黒大嫌い。

人として信用できないどころか、他人をコントロールして、私や家族を自分の思ったとおりに変えようとするその行為が腹の底から嫌い。

 

私は父の家で父の妹に小さい頃にいびられたこともあるし、小姑並みに叔母や母親からいびられ、祖母の嫁時代の苦労話も聞いたけれど、実際体験している「いま」わかることとして、長男(叔父)嫁が嫌いという気持ちがある。 

 

 

義理の親は嫁の親じゃない!

私は指図されるのもコントロールされるのも大嫌い。

自分を特別扱いして!みたいな行為も命令も陰のコントロールも大嫌い。

図々しく自分の家に他人があがってきてでかい態度をするのもすっごく嫌い。

 

だけど、長男の嫁は、私の祖父母に、自分を大切にしろ、傷つけるな、特別扱いをしろという要求をしていた。

 

長男の嫁は、被害者意識が強い。自分は常に傷つけられ、脅かされ、義理家族からも大切にされないカワイソウな人間だという立場に置き、夫をコントロールし、カワイソウな私のために姑に訴えて!と怒る。

 

これは義理家族への脅迫と暴力行為。

嫁のために義理家族、つまり私たちは変化を強いられていたが、頑として変わらなかった。

私たちは嫁の家族ではないし、人ひとりのために私たちが変わる理由はない。

不満があるなら家を出ればいいだけだ。無理して一家にいることはないだろう。

 

相手を変えようとすることは、一種の暴力行為である。

また、そこには、自分の親から理想通りの愛情がもらえたかったため、その愛情欲求(愛着障害)を満たそうと、夫/妻、友人、子供、義理の家族の、だれかれかまわず依存しようとする傾向が顕著にある。

 

母の再婚相手も同様の愛着障害と愛情への執着を強く持っていた。

そのため、再婚相手は母へ愛情を注ぐ代わりに、私に愛情を注がず、自分自身へ愛情を注げば、愛情を与えてやるという、典型的な愛情ビジネスの関係を母と結んでいた。

しかし、男は母から理想どおり、期待通りの愛情が得られないと、不機嫌になったり、暴力を振るうようになった。

 

長男嫁が義理家族の私たちにたいして、「嫁が傷ついたと言っていた」と言ってくる脅迫という暴力行為は、母の再婚相手同様の、他人をコントロールする暴力である。

直接手をくださずとも、暴力は暴力であるし、脅迫は脅迫である。

 

私たち家族を嫁の思い通りに変容させ、嫁の支配下に置こうとう行為にほかならない。

再婚相手は直接、暴力を振るったり、暴言を取ったり、セクシャルハラスメントと取れる発言をしたり、私から母の愛情を奪うことで、母を擬似親としてコントロールしていたように、長男の嫁もまた、祖母を擬似親にして自分の思い通りにさせようとしていた。

 

自分の気に入らないことをしないようにコントロールして義理家族を支配しようとするその暴力行為。

夫の陰に隠れて攻撃していたのだ。

藪の中に潜む伏兵のように。

 

 

嫁の被害者意識が生む暴力

うちの家族を、嫁にとって都合がいい、居心地の良いものに変えようと、夫の陰に隠れてコントロールしようとしていたことが私自身の体験を調べて発見した。

 

嫁の我の強いわがまま、自分勝手なコントロール欲求に気付かず、ひたすらイライライライラしていた。

 

祖母はそれに気づいていた。

嫁「ともだちは姑の悪口を言うけれど、お母さんはちがうね」

祖母「あらそう?」

 

私「あの人、自分を傷つけないように自分を気遣うように、私やおばあちゃんを都合いいようにコントロールしようとしてたんじゃん!!」←やっと気づいた

祖母「自分に一番よくしてかわいがってほしいと思っているんでしょう」←とっくに気づいていた

 

祖母はそうと感じさせなかったけれど、すでにわかっていた。

たしかに長男嫁に対してずいぶんと自由にさせているとは思っていた。

なんと、祖母のほうが何枚も上手だったのだ。

 

嫁を自由にさせているのは、嫁の自分カワイソウな意識、自分は犠牲者意識で、嫁ぎ先の人を自分の都合がいいように変えようとしていることを見抜いていて、家のことをやらないことをとやかく言わず、自由にさせているんだと気づいた。

 

私はいまのいままで気付かなかった。

というか、どうでもいい人の部類なので、母親や叔母への敵意や憎悪が片付いてからやっと浮上した。

 

嫁嫁とわずらわしく表現していたが、結婚なんてままごとになりやすい部類のもの。

それが愛になるのか、それともままごとで終わるのかは本人次第。

 

なぜか結婚すると大人になったような気になる人が多いが、そもそも結婚前からもっと責任感もてよ、と思うし、未熟な人が学びのために結婚しておいてえらそうに語っているのを見ると人間観察と分析がはかどってしょうがない。

 

私、ほんとうに嫌いな人間には表情変えずに辛辣なことを思っているな、と自己観察していて思う。

それくらい嫌いってこと!!!

 

嫁ぎ先の先祖供養もせず、自分の実家や先祖ばかり大切にして、こっちの先祖を侮辱してんのかてめえ!!って思った。

私が家族と認めるのは、きちんと先祖供養することがいちばん大事な条件だったから。

いまはべつにしなくていいよ、と思う。

 

家族として無理に認めなくてもいいし、仲良くする義理もないし。

あんたらは跡継ぎでもなんでもないしと、自分の中でかたが付いているから。

コントロールしようとしていたという幼稚な暴力の正体をつかめてよかった。

 

夫の陰に隠れて、安心安全な場所から攻撃。

まるで親や先生に言いつけて、自分は安全にだれかを脅しているみたい。

サル山のサルの「サルマネの法則」に、強いやつの力を借りる弱いサルっていうのがあったな。

 

男か女かは関係なく、攻撃の方法が直接か遠隔コントロールかのどちらかであって、愛情依存症の人間は現代に多い。

愛情を求めること時代がおかしいんだけれどね。愛情は契約関係だから。

 

そして愛情は注がれなくてもいいものだから。

愛が大事。それ以外は重要じゃないと私は解釈している。

 

だって、これからの時代は愛に移行するから。

生き辛さの増す愛情や暴力なんて、手放したほうが生きやすい。

自然な流れに逆らわない人間が幸福を味わえるんだ。

 

 

愛情依存症は自分の責任!

薮から隠れて矢を打ってくる卑劣な手口、なにが自分カワイソウなのか。

夫の家族はあなたの家族じゃないし、親でもない。

あなたを大切にしなければいけない義務はないし、あなたの要望を聞かなければいけない責任もない。

 

あなたの愛情依存症はあなたの責任。

自分自身の愛を再教育する責任があるのは自分だけ。

 

義理の親も実家の親も、人形の家の人形じゃない。

あなたの思い通りに愛情を注いで幸せにしなければいけない理由はない。

あなたを傷つけてはいけない理由もない。

あなたに気遣いをして、あなたを歓迎しなければいけないこともない。

 

あなたにたいしてどうするかは、それぞれの人間の意思次第。

それを変えようとすることは暴力である。

自分を変えられるのは自分だけ。

 

結婚したからといって大人になった気になり、背伸びをしている人間が数多くこの日本にもいるけれど、あなたを愛して大切にしなければいけない人は、自分をのぞいてだれもいない。

 

人間もペットも天使も精霊も神も!

あなたに愛情を注いで傷つけずにヨイショしなければいけない義務や責任はなんにもない!

 

自分をのぞいて、あなたを嫁として婿として大切にしなければ許されないなんてことはないのよ。

 

自分を愛してくれない、傷つけると、夫や嫁の家族に、自分の親に求める愛情を求めるのは幼稚なうえに暴力的な支配行為。

配偶者の親はあなたの親じゃない。

配偶者はあなたの言いなりになる犬じゃない。

 

愛情を人に求めるのは愛情依存、擬似親子の親を求めていつまでも他人に依存する無責任な状態!暴力に無自覚で他人の生命力を奪っている!

 

あなたは無力じゃないのに無力なフリをして、犠牲者意識をつのらせて、自分はカワイソウだ、愛されなくてカワイソウだと嘆いて、人に暴力を振るっていることにも気付かない!

 

人をコントロールして利己的な目的のために利用していることにも気付かず、自分を棚にあげて被害者のように振る舞っている!

 

自分は配偶者の家族から傷つけられたとわめいて、配偶者に義理の親を攻撃させるのも被害妄想からの強迫行為。支配的な暴力。

 

自身が被害者意識をもって人を攻撃しているから、義理の親だってあなたを幸せにする義務ないのだと態度で示す。

 

あなたが義理の親に親の愛情を求めるのなら、引き寄せた相手も愛情依存症。

そして、義理の親もまた、あなたと同じく親の愛情を求めているのだから、お互いに要求して、満たされないわがままで争い合う。

 

愛情を求めるのなら、愛情を求める気持ちを手放す。

自分に責任を持って、暴力を手放して愛に目覚める。

それが大人の責任ってもんでしょうが!!

 

義理の親だろうが、実の親だろうが、子供だろうが結婚相手だろうが、恋人だろうが友人だろうが、上司だろうが部下だろうが!

自分に愛情をそそいで、特別扱いをして、大切にしろと相手を変えようとするのは脅迫する行為だ。

愛情を求めれば、それは暴力行為に発展する。

 

 

戦争時代の家督相続はお国ひとつ背負うことだった

硫黄島の兵士の、海十の気配を感じた。

嫁にたいしてなぜこんなにも苛立つのか、教えてもらった。

あの時代にとって、家督を生み育てること、嫁に入るということ、家を継ぐということは、家という”ひとつの国”の跡継ぎを支えていくくらい重大なことだっだ。

 

昔、仲間は、一致団結が求められていて、裏切り者は死に値した。

隊列行動を乱す者がいれば、敵に気付かれて、容易に攻め込まれ、大勢の犠牲を出してしまう。

兵士同士は家族のようなもので、仲間の裏切りが多くの仲間の死を意味した。

 

墓を継ぐ、先祖の跡を継ぐということは、それほど責任感が求められる時代があった。

家を継ぐことは国一つ背負うくらいの重責と覚悟のいるものだった。重いものだった。

 

軽率な行動・・・嫁ぎ先の先祖家族ではなく、嫁の実家の墓や先祖を優先して参ることは、とても褒められた行為ではなかった。

夫同様に、相当の覚悟をもって、家督を生み継ぐことが重要視されていた。

 

現代の長男の嫁のような、自分の家の実家にさっさと出向き、嫁ぎ先の先祖をほったらかしていくような真似をしたら、すぐに嫁ぎ先からほっぽり出されても文句を言えない。

 

たしかに現代とは時代が違う。

しかし、私たちはその時代のうえに新しい時代を築いていることも忘れてはならない。

 

嫁に行くことは、その家の一員に迎え入れてもらうということ。

愛情を注がれて大切にされるために行く儀式ではなかったということ。

その家を継いでいきます、という重い責任を伴ったものだったということ。

 

だから、家督を継ぐこと、無事に生み育てること、家を支え継ぐことが嫁にも求められていた。国ひとつ背負う夫を支える重要な責務が嫁にあった。

 

現代の長男嫁がしたことは、そんな嫁ぎ先一家への裏切り行為であり、家を追い出されてもおかしくないことだたt。

 

嫁ぎ先の一家に恥をかかせる侮辱ともとれるため、慎まなければならなかった。

嫁ぎ先でのそれらの行為は、思慮に欠け、慎みに欠けた。

 

お家を継ぐということはそんな生易しいことではなかった。

今の時代に生まれた嫁は幸運であるが、我の強い者がいるため、嫁姑の確執が起きる。

双方に原因があり、片方が被害者や犠牲者であることは、まずない。

 

嫁の我が強いならそれを変える手立てはない。

変えようとすることは不可能。

放っておけばいい。何を言われても、知らぬ存ぜぬで貫き通せ。

夫や妻から何をいわれようと、何をか言わんやとシラを切り通せ。

耳に入れずに空を使え。相手の意のままにならぬよう、うまくかわせ(感情的にならない)。

財産は持ち主がだれにどう与えるかを決めれば良い。

忖度なく決めれば良い。跡継ぎにも嫁らにもかまわんでよい。

 

 

あとがき

 

いまの時代は好きな人と結婚できるようになったぶん、未熟な者同士がくっつきやすいってことよね~。

 

そのなかで、宿命の相手と結婚する人もいるし。

家族を大切にする目的で生まれてきた者もいれば、結婚が大変な学びにもなる人がいて。

つらいことをあまり経験してこなかった人が結婚してつらい思いを学んだり。

愛情にいつまでも執着してだだをこねてろくなことしない人もいるし。

 

私にとって結婚ってなんだろうなあ。

学び・・・うんまあ、結婚はゴールじゃないから、死ぬまで学びだよねえ。

さすがにお国を背負うつもりで結婚とは、私も夢にも思わなかったけど・・・。

 

でもそんくらい、嫁とか世継ぎってのは、死活問題だったんだろうなあ。

なんせ戦争で死んじゃったんだもんね・・・多くの人が。

24名の英霊たちが慰霊されていなかったってことは、24名の家系って存続しているんだろうか。

 

私が経験したことなんだけれど今の私じゃないから、実感をこめて言うことはできないけれど。

だけれど、先祖供養が重要だと感じたのは、戦争で死んでいった人たちの経験からなのかなあ。

 

現代は平和なもんよね。

結婚話の愚痴なんて、子供のわがままにしか聞こえない。

それを成長した人間がやるからタチが悪いったらないわ。

まあ、この学びの時期に多く学んで、大きく花開くべし!と。

 

あ、結婚について内観しようかな~。

なんかネガティブって感じ。